謎の人

中学生の頃の事です。
母と弟と、3人で母の実家に行きました。
祖父母の家は田舎の山の中にあり、外灯までも遠いので夜になれば真っ暗です。
秋から冬にかけてはかなり日没が早く、祖父母の家の玄関を出たその日も夕方6時にはシンとした暗闇でした。
人通りなど一切無く、祖母の家の裏手はお堂のある林までずっと田んぼが続き、林の右奥には古いお墓が広がっています。
祖父母は商店をやっていたので、商店の横には舗装の無い駐車場があり、詰めれば車が20台ほど入るスペースです。

弟は支度が遅い

暗闇の車メーター部分
暗闇の車メーター部分

「さて帰ろうか」
母が言い、祖父母の家を出ると、真っ暗ですが慣れたものでまあまあ歩けます。
玄関から庭へ下ると右手に水の流れる鹿威しがあり、まっすぐ行くと自販機が左手にあります。
シャッターの閉まった祖母の商店の前を通って、例の暗い駐車場へ進むと、弟がはるか祖父母の家の玄関から
「待ぁってーーーぇ。」
と騒いでいます。
出る時は一緒だったのに、何か忘れ物をしたんだろうと思います。

「あーあ、真っ暗だから後ろついてきてるかと思ったね。」
本当にそれほど、田舎の夕闇は暗いのです。
弟の声がした時、もうすでに車のドアを開けており、寒いので乗り込んでしまいました。私は助手席に乗り、母が運転です。エンジンをかけ、車を温めます。
弟は2つ年下で、当時はまだ小学生でした。
怖がりですが、自分たちも大概な田舎に住んでいますので、まあ一人でも来れるのはわかっていました。

しばらくすると、暗闇を走ったのか、すぐに後ろのドアを開け弟が乗り込みました。
良し、来た来た。後部座席のドアが閉まったので車は走りだしました。

我が家の流行

車は夜の暗闇をスウと進み、2つめの信号が赤で止まりました。
信号の脇には大きな1本松のガソリンスタンドです。
オレンジ色のライトで田舎の暗闇が幾分、明るくなる場所です。昭和の終わりは、ガソリンスタンドのライトはオレンジ色が多かったような気がします。

さてここまで来て、弟が異常に静かです。ほんの5分なのに。
おしゃべりな子なのに静か・・・という事はだいたい眠っている証拠です。
いくら小学生といえども寝てる人間を運ぶのは結構しんどいので、母が
「おいっ。寝るじゃないよ。」
と声を掛けるもシーンとしています。
「やだ、ちょっと起こして、お風呂もこれからなのに」
きっと暗いから寝たのかなと振り返ると、そこに弟の姿はありません。
「あれ?ママ見て。」
母も振り返ります。
我が家では、後ろの座席の背もたれを開けて、トランクに隠れるのが流行っていたので、驚かそうとしてるんだな!で落ち着きました。
「こどもだからなぁ。」
あと5分で自宅なのでそのまま弟が隠れたまま車を走らせました。

わすれものは何だった?

田舎道は、滅多に他の車なんていませんので、すぐ自宅に到着です。
我が家も自営業で、自販機が2台並んでおりエンジンを止めても見えないことはありません。
弟は本当に寝てないかな?
私と母がトランクを開けると、もぬけのカラです。
「・・・え?」
驚いているのも束の間、自宅からおばあちゃんが
「電話だよおおお」
騒いでいます。
あわてて電話に出ると、さっきまで居た祖父母の家からです。
電話の向こうで弟が泣いています。
じゃあさっき車に乗ったのは?
母と顔を見合わせてしまいました。
私達に聞こえた、車を開ける音、乗り込んだ後の車の沈み方。バンと勢いよく閉まったドアの音。
あれは一体何だったのでしょう。
弟のわすれものでは無く、弟が『わすれもの』になってしまいました。

弟の話

その後、すぐに母はもう一度同じ道をたどり弟を迎えにいきました。
弟は泣く、母方の祖母は呆れる、父は信じない、と散々でした。が、絶対に聞き間違いや勘違いで無い事は明白でした。
母と私で2人同時に人が乗り込む音を聞き間違ったり、人のいない田舎の駐車場で弟以外が乗ってくるなんて思うでしょうか?

さらに、弟の話によると、弟がドアを開ける手前で車は出て行ってしまい、あわてて追いかけたのに、暗闇においたけぼりにされ怖かったと言っていました。

一体、誰が乗ってきたんでしょうか・・・?

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